映画「葛城事件」を観ました。

年齢を重ねアクの強い役柄が増えて来た三浦友和が、これまでにない最悪に傍若無人な父親を演じる本作。

自分が建てたマイホームに1人佇む男葛城清(三浦友和)。次男稔(若葉竜也)が起こした事件により、家には毎日のように落書きがされ、かつて描いた理想の家族ももうない。
今では死刑廃止を訴え続ける女性活動家で稔と獄中結婚した順子(田中麗奈)ぐらいしか訪問者がない荒れた家にしがみつく清。
何がいけなかったのか。どうして家族は離散してしまったのか。


 

葛城清は、いわゆる頑固おやじの典型で、自分の信念と違うことには一切の妥協も許さず人を攻め立てる。
精神的にも妻として母としても少し問題のある妻伸子(南果歩)も、必死で夫の機嫌を損ねないよう息をひそめるようにして暮らしていたが、家族から逃げるようにして家を出、家庭を持った兄保(新井浩文)に劣等感を抱く稔は、何をするにも長続きせず、母親と2人引きこもりのようになっていく。
ただ、そんな保もこれまでの家族にも新しい家族にも心を開くことができず、重い責任を1人抱え込んで行くことになる。

事件だけを見れば、1人の引きこもりで精神的に問題のある男が、社会を恨んで通り魔事件を起こした、ということになるのだけれど、今作はもっとそれを突き詰めて追っていった結果、他人同士から始まり、純粋で無垢な願いが1つずつかけ違った時、家族というのは最も危険な凶器になるのだということを、改めて感じさせてくれました。

一人一人を上げてみたら、昔気質の頑固親父、家事が苦手であまり自分の意見を持たない弱い女、自分の愚かしさを誰にも吐露できない生真面目な兄、家族全ての鬱屈を抱え込み捨てることも包むこともできずにもがき苦しむ弟、というどこにでもいそうな人々で、かつては輝かしい日常もあったはずなのに、どこでそれにつまづいたのか全くわからず、どうしていいのかわからない。
父親はそれでも自分のポリシーを捨てることができず、ただひたすらに憎み、耐え、攻撃する。
そんな家族に寄り添おうと、自分を殺して突き進む女順子。

誰しもわがままであるのに、それを履き違えると身動きができないと思ってしまう。狭い中にいる心を解放する場所もすべもわからず、意味もなく家族というものに固執してしまう。

うろたえ、喚き続け、それでも生き抜くことを選んでしまう男を三浦友和が下品に露骨に演じきっています。
さっぱり嫌うことができればきっと楽だろうに、それでもなけなしの愛があるから、人は苦しい。

葛城事件
三浦友和
2017-01-11